やなせたかし

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何のために生まれてきたの? (100年インタビュー)

やなせ たかし PHP研究所 2013-02-07
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by ヨメレバ

やなせたかし 何のために生まれてきたの? | 生き方 | PHPビジネ スオンライン 衆知|PHP研究所

《『何のために生まれてきたの? 希望のありか』より》

前向きに考えよう

現在と未来しかないの。 そうすると、現在とその未来をなるべく楽しく、なるべく面白く、生きたほうが いいんです。 過去のことを、いくら考えてもしょうがない。

――アンパンマンの絵本に、連載のメルヘン、それからアンパンマンの映画と フル回転。毎日忙しく仕事をこなせるというのは、それだけお元気だということ ですよね。

僕は93歳なんですが、目が悪くなり、耳が悪くなり、心臓も悪くなりで、もう 「引退したい」と言ったんです。けれども仲間が許してくれない。

そして東日本に震災が起こって、引退だなんて甘いことは言っていられなく なったんですよね。それで思いとどまって、少し先延ばしにしたんですけれど。

何しろ目がよく見えないので「絵が描けない」と言うと、編集者は「わかりま した。それでは月末までに5枚お願いします」と言って、全然、僕の話を聞いて いない。で、相変わらず仕事を頼みに来るんですよ。ほんと、困ったものなんで すけど。

僕はがんはやっているし、こっち側(左側)の腎臓は取ってしまってないんで す。それからすい臓も、すい炎というのをやって上から3分の1を切り取ってい る。胆のうもない。この間は腸閉塞をやって、腸を45センチも切りました。心臓 にはペースメーカーも入っていて、だからもうボロボロですよ。

―― よく「一病息災」と言われますが。

一病ならいいけど、僕は一三病ぐらいあるんだよ。病気だらけ。それだけの病 気を持っていると、自分と向き合って暮らしていかないとね。

生きている間はなるべく元気に、楽しく暮らしたいと思っているわけ。悩んで いてもしょうがないのでね。だけど、そのために、よく誤解をされるんだよね、 「やなせさんは元気だ」って。元気じゃないんだよ、ほんとは。

なるべく僕は、物事を前向きに考えるようにしているの。倒れるんなら、前の めりに倒れようと思っているくらいでね。同じ倒れるんでも、そういうふうに考 える。

病院へ行ったら、きれいなナースさんはいるかなあ……とまず探して、あの人 ならいいなあとか、そういうふうに思えば、病院へ行くのも楽しい。まあ現実 は、そういうナースさんにばかり当たるとは限らないけど。

物事は後ろ向きに、いくら考えてもしょうがない。というか、そういうふうに 思うようにしているわけ。嫌なことは、考えないようにしているの。考えたって ムダですからね。やっぱり悪いほうへ悪いほうへ、考えてしまいがちでしょ。だ から、無理に考えないようにするんだ。すると、なんらかの状況は変わってくる もんですよ。

血圧が高いとか、不整脈があると、何かいろいろなことを考えちゃう。 夜寝て、明日の朝、目が覚めなかったらどうしようかとか。 つい悪いほうへとね。 だからあえて、考えないようにしているの。

人生は「運・鈍・根」

人生にムダなことは、何一つありません。 全部、自分に役立つ、そして、やり続けることが大事。

―― 投げやりになることなく、ずっとこの世界で仕事を続けていられたの は、何が支えてくれたんでしょうか。

あのですね、この世界は「運・鈍・根」なんです。ですから「運」がよくなく ちゃいけない。

そしてあんまり器用に、何でも簡単にできるっていうんじゃなく、いくらか 「鈍」であって。

それからあと大事なのは、「根」。つまり、根気よくやらなくちゃいけない。 それがあれば、どんな人でも、ある程度のところまでいけるんです。満員電車に 乗っていても、いずれ席は空く。自分の座る席が必ずどこかに空くんで、その 時、座ればいいんです。

――「運」、これは運命だからしょうがないですよね。自分ではどうしように も難しいことです。

「運」は、自分でつかまなくちゃいけない。

このつかむということは、例えば漫画を描いているとすれば、仕事がこなくて も、絶えず描いていなくちゃいけないんです。そうしないと、運は巡ってきませ ん。やめてしまえば、そこで終わり。必ず続けていなくちゃいけない。

すると、何かしら運というのはやってくるんです。その時に、パッとつかむん です。ただ、つかむためには、自分がやり続けていないといけない。

あるバレエの評論家が、「やなせさん、私はこの頃仕事がすっかりなくなっ て、いったいどうすればいいでしょう」って聞いてきた。僕は 「それはねえ、 あなたにとって、とてもいいんじゃないですか。いま、時間がたくさんあるで しょう。この空いている時間を利用して、バレエについての研究をしなさい。そ れを一生懸命やればいいんですよ」と言ったんです。

それから2年くらい経って、その人に会ったんです。「やなせさん、ありがと うございました。じつは言われた通り、私は仕事じゃなしに、やり残していたバ レエの研究を始めたんです」って言うの。すると、その研究をやっているうち に、仕事がどんどんくるようになったって。そういうもんなんですね。つまり、 やっている人のところには、なぜかくるんだ。何もしてない人のところにはきま せん。

いま、世の中は不景気で、困った、困った、困ったということが溢れています けど、困ったと言ってるだけじゃ、何も始まらない。絶えず、自分がやっていな いとダメなんです。どんな状況になっても、やり続ける。その場を楽しむよう に。

それと根気なんだよね。やっぱり、根気がないとダメなんだ。

―― 漫画家になりたいという強い思いがあって、いまは絵本を中心にお描き になっていますけど、それまでやってきた仕事とはつながっているんですか?

そうだね。巡りあってしまうと、それまでやってきたことが全部役に立つ。テ レビで『それいけ! アンパンマン』の放映が始まったでしょ。僕は以前、アニ メーションの仕事、それからシナリオの仕事もやっていたから、シナリオをパッ と見て読めるんですよ。シナリオって初めての人にはちょっと読みにくいと思う の。ところが僕は、シナリオの仕事もやったから違和感なくパッと見て読めるん です。あとステージの仕事やなんかもやっていたので、アンパンマンのコンサー トをやる時にそれが役立ちます。

僕はもっと若い頃に世に出たかったんです。

ただ遅く出てきた人というのは、いきなりダメにはなりません。こんなことを していていいのかと思っていたことが、みんな勉強になり、役に立っていく。人 生にムダなことなんて1つもないんですよ。

やなせたかし

(やなせ・たかし)

漫画家、詩人

1919(大正8)年2月6日生まれ。出身は高知県香美市。東京高等工芸学校図案科 (現・千葉大学工学部デザイン科)卒業後、製薬会社の宣伝部に入社。1941(昭 和16)年、野戦重砲兵として日中戦争に出兵。終戦後、三越の宣伝部デザイナー を経て、独立。漫画家の肩書きを掲げるが、舞台美術や放送作家、演出家、作詞 家、デザイナー、編集者など多分野で活躍する。1973年、代表作である『あんぱ んまん』の絵本を出版。シリーズ化され、1988年、テレビでのアニメ放映が始 まったのを機に大ブレイクし、現在に至る。 『詩とメルヘン』の編集長を長年務め(1973-2003年)、現在は季刊雑誌『詩と ファンタジー』の責任編集を手がける。日本漫画家協会理事長を、2000年5月 ―2012年6月まで務め、現在は会長。

<書籍紹介>

何のために生まれてきたの? 希望のありか

やなせたかし 著 本体価格 1,100円

69歳で「アンパンマン」が大ヒットするまで様々な職業を経験。苦しい時もユー モアと好奇心を忘れず、93歳で今も現役の秘訣を語る。

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